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名古屋高等裁判所 昭和49年(ラ)168号 決定 1975年3月07日

抗告人 小松陽子(仮名)

相手方 宮田一男(仮名)

事件本人 宮田玲子(仮名)

昭四四・七・一〇生

主文

原審判を取り消す。

事件本人宮田玲子(昭和四四年七月一〇日生)の親権者を相手方から抗告人に変更する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状、抗告の趣旨訂正申立書及び抗告理由書記載のとおりである。

原審及び当審での各資料を合わせ考えると、原審判理由欄に摘示の事実のほか、つぎの事実が認められる。

相手方は、原審判後も、引き続き、事件本人玲子(以下本人という。)とともに生活し、昼間は保育園に本人を預けて、○○営林局に勤務しており、その生活環境に格別の変更はなく、ただ、昭和五〇年一月一五日相手方が婚約した女性から、これを解消するむねの通知に接し(その理由は明らかにされていない。)、心ならずも、同女との再婚を断念せざるを得ない仕儀となつた。しかし、相手方は、自分自身のためはもちろん、本人のため安定した家庭環境を整えるべく、さらに他の再婚の相手を求める意思を有している。他方抗告人の方も、原審判以後、引き続き、本人の兄昭博とともに、電々公社○○寮に住込みで寮母として勤務し、その生活環境に格別の変更はなく、近くの幼稚園に月々の月謝を支払つて、本人を在籍させているなどして、本人を迎え入れる態勢を整えている。以上のとおり認めることができる。

およそ、親権者を父母のいずれに定めるかについては、その親権に服する子の福祉を中心として考えるべきことはいうまでもない。そのためには、父母双方の健康状態、愛情、人柄、監護教育の意欲、経済状態など監護教育に必要な能力、親権に服する子の年齢及び双方の環境などを総合して決定されなければならない。そして、離婚に際して一方に定めた親権者を他方に変更する場合には、以上の諸事情のほか、変更するに足りる相当の事情の有無をも合わせて考慮されなければならない。けだし、この場合には、すでに適法な親権の行使がなされ、これに服する子は一定の環境のもとに監護教育されているのであつて、これを変更するのは、それ自体本人にとつて好ましくない場合があり得るからである。

本件において、前認定の事実によれば、抗告人、相手方のいずれもが健康であり、本人に対する十分の愛情を持ち、前示の職業を有して経済状態も相応に安定しており、監護教育の意欲のあることはもちろん、その性格や人柄にも何ら異とするところはなく、世間一般に見られる普通の家庭の親として、父たり母たる資格に欠けるところはないのであつて、双方の監護教育能力に格段の差異があるとは認めがたい。かような場合、そのいずれを親権者として一方から他方へ変更すべきかは、困難な問題である。もとより、従前の親権者を変更するには慎重な配慮を要し、不適当とする事情がないかぎり、軽々に変更すべきでないとした原審判の判断も、あながち理由のないことではない。しかし未成年の子の成育期に即応した監護教育に適する環境が、子の福祉のために重要なのであるから、この点について検討するのに、本人は、昭和四四年七月一〇日生れで、現在相手方のもとにあつて、昼間は名古屋市○○○区の保育園に預けられている学齢前の幼児であるところ、この時期には、特段の事情のないかぎり、生みの母親のこまやかな愛情と配慮とが父親のそれにもまして必要なことはいうまでもない。抗告人に不適当な事情のないことは前述のとおりであり、資料によれば、抗告人の勤務する電々公社○○寮(独身の公社員二五名収容)の寮母としての生活は、他の同僚二名とともに、朝夕食の準備、後片付、寮の掃除などが主なもので、その余の大半は、寮の自室で、普通の家庭の主婦、母親と何ら変りない生活をしていることが認められ、これに原審判認定の双方の生活環境を合わせ考えると、抗告人のもとに本人をおくときは、常に身近にあつて、本人と接する時間も程度も濃密な状況の中で、母親の愛情と配慮のもとでの監護教育が可能であり、さらには、兄昭博と兄妹ともども母親のもとで生活できることにおいても、成育上好ましい環境に置かれることになり、少なくとも、右の重要な点において、朝晩のみの父子の接触を持つにすぎない相手方のもとに委ねるよりも優れているということができる。のみならず、相手方は再婚の意思を有し、早晩その実現が期待されるが、そのこと自体必ずしも本人のためによい影響をもたらすかは、にわかに断定しがたい。なお、抗告人が相手方と協議離婚した際、親権者を相手方と定めたのは、原審判判示の如く、もともと離婚を避けたかつたが、それがかなえられそうにもなかつたので、相手方を親権者とすれば、子供の養育に困つて離婚を思い止まるか、復縁を希望してくるであろうとの期待から、心ならずもそうしたのであつて、本人の引取りを厭つたわけではないのであり、かかる事情と前叙の事情を総合すれば、相手方に比べ、抗告人に親権を行使させるのが優れて本人の福祉に適するといわざるを得ないのであつて、結局親権者を相手方から抗告人に変更すべきことを求める抗告人の申立は相当として是認できる。

もつとも、本人は、相手方に引取られて昭和四九年五月一一日以降今日まで、平穏無事に成育している現状にあり、特に不都合とする点もないにかかわらず、今にわかにその生活環境を変えることは、本人のために好ましいことではない。しかし、これとても不可変更的のものではあり得ず、本件にあつては、全く新たな環境に移るのではなく、本人もかつて一年有余暮した母と兄が待つ家庭に入るのであつて、現に抗告人が幼稚園に本人を在籍させているなど物心両面にわたる迎入れの態勢を整えている点に徴すれば、環境の変更自体、多少の弊害が予想されるにしても、それは最少限度に止められるのであり、前段説示の諸事情に照らすときは、引き続き相手方のもとにおくよりは、なお本人の幸福に資することになると考えられるから、この点を考慮に入れでも、前示の判断を左右しない。

してみると、本件申立は理由があるからこれを認容すべく、これと結論を異にする原審判は取り消すものとし、家事審判規則一九条二項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 菅本宣太郎 杉山忠雄)

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